ODの子どもを持つ親同士、悩みを共感・共有したり、情報交換したりと気軽に集える会です。

M君のお母さんから(高1、中1冬に発症)

■M君のお母さんから
□M君について
・学年: 高校1年(2020年4月現在)
・発症時期: 中学1年の1月下旬ごろ
・主な症状: 頭痛とだるさ(起床時から夕方ごろまで)、起き抜けからしばらく続くふらつきなど


「『出口のないトンネルはない』と信じて」

ある日突然始まった頭痛
 憧れの中高一貫校に入学し、笑顔いっぱいで毎日を謳歌していた息子に異変が起きたのは中学1年の1月下旬ごろ。
 起床時に頭痛としんどさを訴えるようになり、徐々に朝の登校が難しくなりました。
 どの診察科に行けばよいのかわからず、脳神経外科や耳鼻科、眼科と行脚しました。最終的に受診した小児科で「片頭痛・緊張型頭痛、起立性調節障害」と診断されたのは、中2の5月。「痛みが少し和らぐ午後からの授業に行けるかどうか」の状態になっていました。

症状のピークの1年間
 息子の場合、一番しんどかった時期は中2の冬から中3の終わりごろまで。
 痛みがひどい時は頭に触られるのも辛く、フラフラしながら起きて朝食を取った後、すぐまた横になって痛みが弱まるのを待つ毎日。鎮痛剤を上限まで飲んでも効かず、夜まで痛みが続く日もありました。
 どんな痛みだったのか―。
 つい最近息子に尋ねたところ、「枕に当たっただけでも痛くて、『いっそ死んだ方がまし』と何度も思った」と。頭痛の経験がとぼしい私には想像できない苦しみだったことが、初めて分かりました。

試行錯誤の末、わかったこと
 「今は待つしかないんだ」。理解しているつもりなのに、感情をぶつけてしまったことも。猛省する中でいくつか分かったことがあります。

【1】周囲の何気ない言葉がストレスになる 
「学校に行って当たり前」「行けるようになってほしい」という自分の価値観や願望から発する言葉が、息子にとってプレッシャーになっていることに気が付きませんでした。
 「今日は行けそうかな?」「何時ごろなら行けそう?」「明日は行けたらいいね」。頭では「今はまだ難しい」と分かっていても、つい口に出してしまう―。
 「登校できるなら、とっくにしてる。好きで休んでいるんじゃないのに」。ある朝泣きながら息子が発した言葉に、自分が酷な要求をしていたのだと気づかされました。
 朝起きた時からしんどくて、起き上がるのもやっと。口に出せないストレスが、次第に心に重くのしかかり、余計にしんどくなってしまっていたのだと思います。

【2】頑張りをとことんほめる
 登校できない期間が長くなるにつれ、自尊心や自信をどんどんなくしていくように見えました。だから、どんな小さなことでも、頑張りや成長を見つけては喜び、毎日“具体的に”ほめるようにしています。

【3】努めて触れ合う
 わが家は夫が単身赴任で、私はフルタイム勤務。日中ひとりで痛みに耐える息子とゆっくり過ごせる時間は、夜しかありません。たとえまだ眠たくなくても、毎晩10時になると腕まくらを貸し、好きなアニメやライトノベルなどの話をとことん聞きながら(時にこちらの意識がなくなり白眼になって叱られながら)寝入るのを待ちました。
 「無口になる思春期」ですが、共通の話題ができるとわが子の感情の動きが伝わってきます。最後に満足そうに眠る表情が、私の精神的な安定剤になりました。

【4】本人の思いを尊重する
 中学3年になっても症状はひどくなる一方。中高一貫校なので高校入試がないとはいえ、定時制や通信制など、体調に合わせて通える高校を受け直したほうが心身の負担が少ないように思い、資料を集めました。
 今の状態と見通しをODの専門医に相談したくて、すがるような思いで大阪のクリニックを受診。詳しい検査の後、子と親を別々にカウンセリングしてくださいました。
 「息子さんは、『お母さんが別の高校を探してくれているけれど、自分は一生懸命入った今の学校の高校に上がりたい』と話していますよ。心配なのは分かりますが、先回りして心配せずに、本人の思いを信じてください。いざとなったら、大学検定だってあるんですから」とアドバイスをいただきました。
 あわせて、「今日から、とにかく息子さんの心にストレスを掛けないことだけ考えてください」と指示されました。親の心配が息子の負担になっていたことを知り、「もっと大らかに構えたらいいんだ」とちょっぴり気が楽になりました。

【5】先生を通して学校とつながる
 欠席が長引く中で一番避けたかったのは、学校に対する心のハードルが高くなることでした。学校とつながっていることを感じさせたかったので、担任の先生にお願いし、エールも含め連絡事項は、先生から本人に直接メールで送っていただきました。
 「頭痛が弱まったら、放課後でもいいから先生とおしゃべりしにおいで」「今日の何時でもいいから、プリントを取りに来てね。保健室で待ってくれていてもいいよ」などの温かいメッセージを通して、息子の中に先生への親近感が湧いたようでした。
 学年が上がり新しい担任が決まった段階で2者面談をしてくださり、とても心強かったです。
 また、学年全体で情報共有してくださったので、担任以外の先生からも「おう!調子はどうや。よう来たなぁ」などと声を掛けていただくことができました。発症する前に中学1年で仲良くなった友だちもこまめに声を掛けてくれたようです。うれしそうに報告する様子から、息子が学校に居場所を感じられる大きな力になっていることが分かりました。 

さいごに 
 息子はこの4月から高校生になりました。心身ともに落ち着くまで、登校は私の車で。「進級に必要な数の授業に出られるかなぁ…」。笑顔で見送りながらも、内心は不安でいっぱいです。そんな私の心配をよそに、現時点(2020年9月)で一日も休まずに登校できています。相変わらず朝の頭痛は続いていて、週末は疲れ切ってぐったりと横になっていますが、月曜には回復しています。どうやら、自分なりに“エネチャージ”術を編み出したようです。
 たくさん泣き、後悔や反省を繰り返す中で、親にとって大事なのは、どんなにもどかしくても、落ち着いて見守ることなのだと痛感しました。「私が息子の持つ力を信じていれば、安心の中で病気と闘える」。まだ症状が完全に治まったわけではなく、いつ後戻りするかも分かりませんが、そう信じてこれからも一緒に進もうと思います。